蛇体把手土器の研究(9)ひとまずの終点

 長年追ってきた土器の話。おおよその結果が見えてきました。ざっとまとめておきます。
 ちょと専門的ですが、ご容赦を。

 私が学生時代に出会った、縄文時代中期中葉の摩訶不思議な土器、「蛇体装飾把手土器」。2006年に発表した論文においては、長野県から山梨県に分布するこの種の土器が、八ヶ岳西南麓付近で生み出され、松本平や浅間山麓、甲府盆地東部といった広範囲に運ばれるという仮説を提示しました。またその後、分布の範囲は東京西部の多摩地方に及ぶことも知ることができました。

 しかし、上の仮説を裏付ける物的証拠はありません。そこで、特に蛇体装飾把手土器の多くで看守出来る径2mm程度の白色粒子に着目し、昨年に頂くことの出来た研究費で、以下の分析を試みたわけです。
 ① 蛇体装飾把手土器の一個体についてのみ「薄片観察法」を行ない、白色粒子を特定する。
 ② 各地域ごとの蛇体装飾把手土器、さらに同一遺跡の別系統の土器について、土器表面をマイクロスコープもしくはルーペで観察し、含まれる白色粒子が①のものと同一かどうかを判定する。

 その結果、①では松本地方の朝日村熊久保遺跡の蛇体装飾把手土器(そもそも最初に出会ったのがこの土器だった)を分析し、含まれている白色粒子はデイサイトと確認出来ました。これは松本平には存在せず、山梨県の茅ヶ岳付近のものである可能性が高いと考えられています。
 ②については、先の仮説で蛇体装飾把手土器の供給地と予想した八ヶ岳西南麓の各遺跡で、蛇体装飾把手土器を含むどの系統の土器でも、デイサイトを含む個体が多いことが分かりました。このことは、デイサイトを含む土器の多くが、この地域の在地的な土器であることを示唆すると考えます。
 一方で、遠隔地である松本地方の熊久保遺跡と浅間山麓の小諸市郷土遺跡では、分析数は少ないものの、蛇体装飾把手土器ではデイサイトが見られ、それ以外の土器では見られませんでした。つまり両地域では、在地的な土器はデイサイトを含まず、デイサイト含んだ蛇体装飾把手土器は八ヶ岳西南麓地域から運ばれてきた、と考えることも出来るわけです。

 以上は、先の論考で示した仮説を補強出来るものとの考えています。

 一方で、東京西部の青梅市駒木野遺跡では、他の多くの土器と同様、蛇体装飾把手土器にもデイサイトは見られませんでした。これは蛇体装飾把手土器が遠隔地に運ばれたという先の仮説と異なる結果です。
 しかし、この土器を実見したところ、実は同じ段階の蛇体装飾把手土器とは構成が大きく異なる点も確認出来ました。つまりこの土器は、蛇体装飾把手土器を知りつつも、それを約束通り模倣しない(出来ない)まま、地元で作られたものである可能性が高いのではないか、と考えてます。
 
 昨日の勉強会でも、貴重なご意見を頂けました。もう少し精度を高めて、論文化していくつもりです。

 ひとまずのところ、この結果をH先生、そしてこの研究の機会を与えてくれた二人のO先輩の墓前に、捧げたいと思います。
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