たまには真面目に、縄文時代中期の研究によせて その1

 暑い日が続きますね。さて、予告したものも含め、珍しく考古学を考える内容です。3回程(多分)お付き合い下さい。

 まずは、かなり時間が経ってしまいましたが、6月22・23日に行われた、長野県考古学会50周年記念のプレシンポジウム「縄文時代中期の植物利用を探る」について、私なりのまとめ、というか感想です。

 タイトル通り、縄文中期を中心とした植物の利用について、数多くの研究者にその最先端の成果を披露して頂いた本シンポジウム。学んだことは非常に多いのですが、中でも以下の2点については、ほぼ共通認識が持てたのではないでしょうか。
 まず、少なくとも縄文早期後半以降、豆類(ダイズ・アズキ類)の利用があり、特に中期以降は何らかの栽培(管理)が行われていた可能性が高いこと。そしてクリ・クルミが重要な樹種であり、その管理の可能性があること。
 確かにたったこれだけのことかもしれませんが、ここに至るまでに、それこそ 1960年代に藤森栄一が唱えた所謂「中期縄文農耕論」以降、数々の研究者が追い求めて来た縄文中期の人々の生業の姿が、ようやく考古学的事象から見えてきたと言えはしないでしょうか。

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 さて、その豊かな物質文化や遺跡数の増加現象などから「繁栄の時代」とも言われる中部高地の縄文時代中期。例えばマメ類に関して、当地域で発見の事例が多いということを、私はその文脈の中に置いてみたくなるのです。
 もちろん、現時点で生活全般をマメやクリなどの植物栽培(管理)の枠で考えるのは早計でしょうし、あるいは真実を見失うかも知れません。加えて、これは当日の討論でも話題にしましたが、今回のような成果を出すためには、高い意識のもと、発掘調査の行程の中に新しいプロセスを加えて行かなければなりません。これを全県、あるいは全国的に同じレベルで行うには、まだまだ相当な努力が必要でしょう。
 
 果たして、中部高地の縄文中期は「繁栄の時代」だったのか。そしてもしそうであれば、植物の利用はどの程度の役割を果たしていたのか。今後、植物学的なアプローチのみでなく、蓄積のある土器の研究、石器の研究、その他の遺物論、さらには遺跡の立地や構成、集落論などが重層的に語られる中で、真実に近づけるのではないでしょうか。
 以上、私なりの感想と、今後への思いでした。

 次回予告:マメ圧痕探し実践編!
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テーマ : 歴史
ジャンル : 学問・文化・芸術

Comment

No title

豆といえば、豆・豆製品、と小学校の家庭科で習いました。
基本栄養素ですね。



No title

栄養価は高いんですよね。
これをもって「繁栄」の基盤と言う方もありますが、果たして…。
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