たまには真面目に、縄文時代中期の研究によせて その3

 さて、予告しましたように、ちょっと真面目な考古学のお話し3回目です。先日八島湿原を記事にした際、考古学的な話題にも触れますと書きましたが、それも兼ねて。
 八島で遺跡と言えば、中世の狩猟神事場とされる旧御射山遺跡や、その他にも諏訪神社関連の場所もあるのですが、今回は黒曜石に思いを馳せます。
 
 マグマが冷え固まって出来る黒曜石は、旧石器時代から縄文時代にかけて(正確には弥生時代にも)、石器の材料として好んで使われていた石材ですが、ここ霧ヶ峰付近は日本有数の黒曜石原産地。実は私も八島湿原西の鷲ヶ峰で見つけたことがありますよ。

 さて縄文時代、実はこのエリアでは、時に地下から黒曜石が掘り出され、石器の材料として流通していたようです。私自身も、学生時代に長和町星糞峠黒曜石原産地遺跡の発掘調査に参加していたことや、勤め先の栃原岩陰遺跡を通して、縄文早期についていくつかのレポートも書いています。

 そして、今続けている長野県考古学会縄文中期部会の勉強会を通して、使用量が減っていたと言われていた中期においても、実は相当量が流通していたという報告を聞くにつれ、自分の土器の研究とこの黒曜石が、いつの間にか結び付いてしまったのです…。

 このブログでもしつこく書き綴ってきた、私の研究対象である「蛇体装飾把手土器」。縄文時代中期半ばのこの種の土器が、霧ヶ峰直下の縄文中期遺跡密集地、北山浦地域で生み出された可能性を、前回の論文では記しました。
 この地域に遺跡を集中させた要因のひとつとして、やはり黒曜石があると思うのです。現に北山浦地域のいくつかの遺跡では、膨大な数の黒曜石が出土しており、かなり以前からその可能性は検討されていました。

 というわけで、どうしても霧ヶ峰付近から、北山浦地域の遺跡を見たかったのです。まぁ見ただけでなにがどうこうなるわけではないのですが、とにかく、改めて見たかったんです。
IMGP8569.jpg
 これが霧ヶ峰直下から見た北山浦地域。私の思う蛇体装飾把手土器の故郷。そうでなくとも、中期遺跡の密集地には変わりありません。

IMGP8561.jpg
 別の地点から。写真右端が車山。眼下が縄文中期遺跡の密集地帯となります。
 
 この場所を下って黒曜石を集落に持ち込んだ人々は、マジカルな魅力に溢れた土器を見ます。さらにそこから
各地に運ばれる黒曜石と、なにか特別な意味を持たされた土器(蛇体装飾把手土器)の動きは、きっと関係があるに違いない。勝手にそんな想像をめぐらせているわけです。但しこの話、今は妄想レベルにて、他言は無用(笑)。

 そして、来る9月22日、この土器の故郷のなかでも特別な場所、学生時代からの憧れだった茅野市尖石縄文考古館で、蛇体装飾把手土器についてお話をさせて頂きます
 ここまで導いてくれた方々に感謝の気持ちを持って、私なりに頑張りたいと思います。

 (ほらね、真面目でしたでしょ?)
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テーマ : 歴史
ジャンル : 学問・文化・芸術

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